チャロアイトブレスお色直し
年末、ふと思い立ってチャロ様のお色直し。1石入っていたクリスタルの丸玉をブルーレースアゲートに差し替えました。
強い意図はなかったです^^。クリスタルの丸玉じゃつまらないなーというデザイン的な問題と、なんとなく一区切り、自分の内面が変化した感じがあったので替えようかなと思いました。ブルーレースはブルーカルセドニーとほぼ同じ性質です。
組み合わせた石の性質を倍増しにするクリスタル
↓
感情を調整し、穏やかな方向へ導くブルーレース
という変更でした。なんとなく選んだだけですが、たぶんゴリゴリとパワフルな変容&リリースはそろそろ一段落かなという気分になったのでしょうね。
ブログを見直すと、チャロアイト日記らしいことをひとつも書いていなかったようです(笑)、少し書いてみましょう。私、かなり変わったと思いますよ。「私は私」という強さや「ある種の図々しさ」を身につけたと思います。
もともとキッパリした性質で、どう考えても軟弱という言葉とは無縁。当たりは柔らかいけど中身は男前、スジ通せや!みたいなタイプです。が、「全体の和」みたいなものには敏感で、いつもそこは気にかけていました。よほど必要を感じたら強烈にモノも言うけれど、基本は事なかれ主義&平和、お節介にならない程度のクッションみたいな立ち位置が多かったですかね。自分を曲げるということではなくて、公平感を保ちながらいいトコで収まればいいなぁみたいなスタンスで。
なんとなく、チャロアイトブレスをつけ始めてから「それは最重要事項じゃないな」と思うようになりました。
仲違いの間に入ってぐったりしたり(もちろん仲良くしてほしいからなんですが)、恋愛や仕事も含め、あれやこれや本当に「他者との関わり」で揉まれたし、悩みもしました。なんで勝手なことばっかり言うの!するの!と、いままでなら流していたかもしれないことに憤りを感じた時期もありました。平和、スマート、さりげない気遣い、愛に溢れてる、一人で抱えすぎでは。自分で言うのもナンですが、そんなことを言われることが多かった私が、そう保つことを難しく感じたし、アホらしくさえなったのです。自分に起きたことだけでなく、周囲にも同じようなことが見受けられて何じゃこりゃ、と。
基本辛口だし、自分の言いたいことはちゃんと言っていました。でも、必ず「うまく収まる方向で」という前提があったように思います。人として当たり前のことではありますが、それは自分に対する「条件づけ」でもあり、本当に必要なのかな?と思い直すようになったのです。誰かの顔色伺いみたいなことはしないけど、いつも「全体」を考えてしまう私は何なのだろうか?私は自分が居たいように、したいようにしていたかな?と。これが普通と思っていた「定番の自分」を見直したような感じです。
そのへんからでしょうか。今までなら言わなかったかも、しなかったかもと感じることが増えました。最初は小さなことだったと思いますが「あ、そういえば私…」とあとから気づいたり、驚いたり。最たるものは、人生で初めて他人様を殴ったことですかね。低レベルな話でお目汚しですがあえて書きます。
もちろん理由はあるのですよ。挨拶程度の関係で遺恨の抱きようもないでしょうに、曰くありげな物言いの不躾な方がいて、言葉を選べない礼儀知らずに言葉も礼も無用、そう思った途端に手が出てました。今までの私なら間違いなく飲み込んだし(目撃した人以外、誰も信じないでしょう)、一度はやはり流しましたが、度重なってついに堪忍袋の緒が切れました。何があろうと他人様に手を挙げてよいわけがないし、たとえ猫パンチでも顔じゃなく脇腹にすべきだったと思います。殴った側も気分が悪いと分かったので二度とないですが、反面、妙に清々しい気分なのが不思議でした。これでもモノ作りの端くれ、獣の心は禊ぎましたのでご安心を。
という大小いろいろ鑑みると、恐らく「失うなら、それはその程度のものでしょ」と、何でもなく思えるようになったんですね。言ってみれば変わる過程の調整期間ですから多少極論かもしれませんが、決して捨て鉢なわけではなく、それまでの「できればうまく収まる方向で穏便に」という頭がなくなり、「そういうものなんだから」という受け止め方になったような気がします。
P.P.D.ショップにも書いてますが、もともと「必要なものが必要なところへ行く」という考え。なのに以前は、結果がでるように、丸く収まるように、などなど、どこかコントロールしようとしていた感があります。たまには自分を抑えていたこともあったのかもしれませんね。「形にすること全般」が趣味なんで、付き合って行かざるを得ないクセみたいなもんなのですけどね(笑)。
まだまだ道のり途中で、はっきりとは分かりません。でも、少なくとも自分の在り方に疑問を持った。我慢しないことに決めた。それだけで収穫だと思ってます。「本当に自分が望んでしているか」と考えるようになったし、自分にとって大事なものは何かということも見つめるようになりました。そういった内面の変化が、行動にちらちらと現れてきています。何かが無くなることは残念だけど、やめようが、失くなろうが、また始めることはできる。本当に必要なら何度でも。そんなことで悩むくらいなら、いま、心からしたいことだけを選ぼう。そんなふうに感じる最近です。
チャロアイトと付き合うようになってからの変化、うまく言えませんが「期待しないで自分がしたいことだけしとこう」っていう感じでしょうか。「どうせ…」ではなくて、よい意味で^^。期待って、どちら側にとっても気負いなのかもしれませんね。
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